2016/12/04

2016/11/19 碧風会「弱法師」

ちょっと前の11月19日(土)。

矢来能楽堂にての碧風會・小島英明 能の会で、能「弱法師」に出演させていただきました。


「弱法師」のワキの装束は、段熨斗目、素襖上下、小刀、鎮扇です。


我々下掛宝生流には、「東雲霞(しののめがすみ)」という流儀決まりの図柄があります。


「弱法師」のように施行や勇健という型をする曲には、この扇を使うことが多いのですが、絶対に使わなければいけない約束もありませんし、また季節感があまりありません。
鎮扇は能楽師が披き物と勤める時、配り扇として頂戴する場合があり、私も相当数持ってはいるのですが、梅の絵が描かれたものはほとんどありません。
今回は梅の花を描いた扇を新調し、使わせていただきました。


同郷金沢の友人で以前にも中啓の絵を描いていただいた襖絵師・島田由子さんにまたしても無理にお願いし、とても弱法師に相応しい素敵な梅を描いてくださいました。
島田さんに心より御礼申し上げます。


シテは小島英明師。撮影は「駒井写心職工」の駒井壮介氏です。

ご了解を得て写真を載せさせていただきますが、転載等はご遠慮くださいませ。














2016/11/21

2016年12月の主な出演スケジュール


3日(土) 瑠璃の会 融(観) 銕仙会能楽研修所 14:00~





5~8 文化庁巡回公演 安達原(観) 広島・山口県内小中学校





11日(日) 観世九皐会 清経(観) 矢来能楽堂 13:00~





11日(日) 鵜沢久の会 松浦佐用姫(観) 喜多能楽堂 15:00~





16日(金) 国立定例公演 船弁慶(宝) 国立能楽堂 18:30~





17日(土) 五雲会 天鼓(宝) 宝生能楽堂 12:00~





18日(日) 梅若会定式能 景清(観) 梅若能楽学院会館 13:00~





23日(金) 朋の会 白楽天(観) 宝生能楽堂 13:00~





24日(土) 華曄会 柏崎(観) 宝生能楽堂 13:30~





2016/11/13

平成29年度 文化庁巡回公演のお知らせ

北陸地方の教育関係者、ご父兄の皆様にお知らせいたします。

平成29年度は、観世九皐会の皆様が北陸地方にて巡回公演を行います。

詳細はパンフレットをお読みくださいませ。

上演される学校は、体育館などの場所を提供していただくだけで、必要な舞台や道具は観世九皐会がすべて用意します。
金銭的なご負担はほとんどありません。


650年の歴史を持ち、ユネスコ世界無形遺産にも登録されて、世界的にも注目されている能楽。

ぜひお子様方に生の能楽を、まじかな空間で体験させてあげてください。、
これから世界に羽ばたく子供たちに、日本の文化、自国の心を感じてもらえる絶好のチャンスです。

文化庁へのお申込み締め切りは、11月30日のようです。

お急ぎご検討のほど宜しくお願い申し上げます。

私もスケジュールが合えば、観世九皐会メンバーの一員として参加させていただきます。




鎮扇 ⑥ 「道成寺」 観世淳夫師

10月30日(日)宝生能楽堂に於きまして、八世観世銕之亟静雪十七回忌追善能が催され、

当代銕之丞師のご子息 淳夫師が「道成寺」を披かれました。


出演者に配られた鎮扇です。

とても上品で素敵な鱗模様です。

淳夫さん、誠におめでとうございました。





2016/10/12

2016年11月の主な出演スケジュール


3日(木) 中村邦生の会 井筒 喜多能楽堂 14:00~





5日(土) 浅見真州の会 重衡 国立能楽堂 13:00~





6日(日) 観世会定期能 葛城 梅若能楽学院 13:00~





11日(金) 銕仙会 宝生能楽堂 18:00~





13日(日) 宝生会月並能 船弁慶 宝生能楽堂 14:00~





15日(火) 能を知る会 横浜公演 葛城 横浜能楽堂 14:00~





19日(土) 碧風会 弱法師 矢来能楽堂 14:00~





20日(日) 梅若会別会 望月 梅若能楽学院





23日(水) 能尚会 三輪 梅若能楽学院 14:00~





26日(土) 横浜能楽堂企画公演 六浦 横浜能楽堂 14:00~





27日(日) 喜多流自主公演 班女 喜多能楽堂 12:00~





29日(火) 前橋・長昌寺能 小鍛冶 前橋テルサホール 18:00~





2016/09/07

2016年10月の主な出演スケジュール


1日(土) 金沢能楽美術館 来殿 金沢能楽美術館 11:00~

開館十周年記念能
三階・研修室





2日(日) 金沢能楽会定例能 江口 石川県立能楽堂 13:00~





5日(水) 国立定例公演 野宮 国立能楽堂 13:00~





6日(木) 大山薪能 熊坂 大山阿夫利神社 16:00~





8日(土) 緑泉会 楊貴妃 喜多能楽堂 13:00~





9日(日) 宝生会月並能 放生川 宝生能楽堂 14:00~





16日(日) 能を知る会 望月 国立能楽堂 14:00~





19日(水) 飛鳥山薪能 安宅 王子・飛鳥山公園 18:30~





22日(土) 橘香会 朝長 国立能楽堂 12:30~





23日(日) 宝生別会 江口 宝生能楽堂 12:00~





25日(火) 久比岐能 鞍馬天狗 上越市文化会館 18:00~





30日(日) 銕仙会追善能 道成寺★ 宝生能楽堂 13:00~






★ワキツレ







2016年9月の主な出演スケジュール


3日(土) 松能会 百萬 セルリアンタワー能楽堂 13:00~


景清






4日(日) 吉田城薪能 羽衣 豊橋公園・吉田城本丸 18:00~





10日(土) 條風会 頼政 喜多能楽堂 12:30~





11日(日) 金春会定期能 俊寛 国立能楽堂 12:30~





13日(火) 坂井同門会 藤戸 宝生能楽堂 16:00~





17日(土) 東京金剛会 鵜飼 国立能楽堂 13:30~





18日(日) 高岡文化ホール能 高岡文化ホール 13:30~





19日(月) 藤波能の会 船橋 宝生能楽堂 13:30~





22日(木) 仙台・市民能楽講座 葵上 仙台・日立システムズホール 14:00~





23日(金) 新宿御苑・森の薪能 安達原★ 新宿御苑 18:30~



イギリス風景庭園





25日(日) 北國宝生能 熊坂 石川県立能楽堂 13:00~





27・28 文化庁巡回公演 船弁慶 近畿地方






★ワキツレ







2016/08/24

三山

三山(みつやま)


平安後期。先行きの知れない社会に対する不安が、この日本列島を覆っていた時代。人々は浄土の教えに救いを求め、仏教は広範な人々の支持を集めていた。
その頃活躍していた僧に、良忍(ワキ)がいた。彼は、「一人一切人 一切人一人(一人は皆のために、皆は一人のために、念仏を唱えよう)」のスローガンのもとに“融通念仏(ゆづうねんぶつ)”を創始し、弟子達(ワキツレ)を引き連れ布教の旅に出ていたのだった。



大和国、奈良盆地南部に着いた上人の一行は、土地の男(間狂言)に、この辺りの名所について尋ねる。男は、万葉集の昔からの名所“大和三山”について教える。「北に見えるのが耳成山(みみなしやま)、南にあるのが天香具山(あまのかぐやま)、西にあるのは畝傍山(うねびやま)…」 教えられた一行は、暫くこの名所を見物しようと、耳成山へと向かう。


 「もうし、お坊様…」そこへ、一人の女(シテ)が現れた。「誰に尋ねようと、大和三山の物語を詳しく知る者はおりますまい。それは昔、耳成池に沈んだ人の、妄執の物語…。」
万葉集には、夫である香具山を巡って畝傍山と耳成山とが争ったという。「昔、香具山の麓に住む男が、二つの里の女と交際していた。畝傍の女の名は桜子、耳成の女は桂子。結局、桂子は争いかね、身を投げてしまう。そんな彼女を、どうか弔って下さいませ…。」



はじめは桂子を愛していた香具山の男も、やがては桜子へなびき、耳成の里へは来なくなった。桂子は恨み、一人寂しい日々を過ごす。所詮、人の心の移ろい易きは世の習い。春は盛りの桜子に、この花も無き桂子が、叶わぬのも仕方の無いこと。長雨に、物思いは募る。ああ、桜子のいる畝傍の里の、何と華やかに栄えていること…! 今は生きている甲斐も無い、と、桂子は水面に身を投げ、池の玉藻と果てたのでした…。


三山の故事を語り終えた女は、良忍に対し、自分も融通念仏のグループに加わりたいと申し出る。参加者名簿である名帳(みょうちょう)には名を何と書けば良いかと尋ねる良忍に、女は何と“桂子”と答える。驚く良忍を尻目に、彼女は念仏を授かると、耳成池の底へと消えていったのだった。


そこへ、さきほどの土地の男が現れ、尋ねられるままに万葉集の古歌の物語をする。それを聞いた良忍は、男に、先刻の女の語っていた桂子・桜子の物語を語って聞かせる。


さては、彼女は桂子の幽霊だったのか。良忍は、彼女の妄執を晴らすべく、供養を始める。
するとそこへ、若い女(ツレ)が現れた。「耳成から吹く山風に、私の心は乱れるばかり。花に吹きつける嵐を退け、我が狂乱を助けて下さい…!」 女は、桂子との間で男を求め争った、桜子の幽霊であった。



 「ああ、恨めしい桜子の姿よ。また春の盛りが来たようだ…」そこへ、今度は年増の女(後シテ)が現れた。「月の桂の光をも、満開の花は遮ってしまう。ああ、恨めしい…!」
女は、桂子の幽霊であった。「桜も散ってしまえば青葉となる。桂も桜も、どこに違いがあろうぞ…」彼女は、手にした桂の枝で桜子を打擲し、苦しめる。



春は盛り、美貌を誇る桜子。「恨めしい、春が来る度ごとに、花を咲かせる桜子よ。山風、松風、春風も、あの花を散らしてしまえ…!」 二人は争う。苦悶の表情を浮かべる桜子を、桂子はこれでもかと打ち据える。
激しく火花を散らす、二人の妄執。しかし、それも終わりを迎えようとしていた。冴え渡る月光に、迷いの雲も晴れてゆく。やがて朝が来て、彼女たちは消えていったのだった…。







みどころ

本作では、耳成の里の女“桂子”と畝傍の里の女“桜子”の恋の争いが主題となっています。
本作の舞台となっている耳成山(みみなしやま)・畝傍山(うねびやま)・天香具山(あまのかぐやま)の三つは、奈良盆地南部、現在の奈良県橿原市にある山で、「大和三山(やまとさんざん)」と総称されています。この大和三山のある辺りは、8世紀初頭に平城京(現在の奈良県奈良市)に都が遷るまでは政治の中心となっていた一帯であり、『万葉集』などにもこの地域を詠んだ歌が多く見られます。
そして、本作の典拠となっているのも、『万葉集』に載せられている、次のような長歌です。
香具山は 畝傍を愛(を)しと 耳成と 相(あひ)争ひき
神代(かみよ)より かくにあるらし いにしへも 然(しか)にあれこそ
うつせみも 妻を 争ふらしき       
(『万葉集』巻一、第13番歌)
この歌は天智天皇によって詠まれた歌で、その大意は「香具山は、畝傍山のことを愛おしく思い(一説に「男らしく立派だと思い」)、耳成山と争ったのである。神代の昔もそのようだったのだ。昔もそうだったので、今でも、妻を求めて男たちは争っているのだそうだ」というものです。
この大和三山の恋愛の物語は、広く人口に膾炙したものであり、本作もそれを前提知識として書かれています。(但し『万葉集』では、香具山と耳成山の二山が、異性である畝傍山をめぐって争ったことになっており、本作とは異なっています。)

本作では、この大和三山の恋愛関係を、それぞれの里に住む人間の恋愛の物語として読み替え、脚色しています。
『万葉集』巻十六には、桜児(さくらこ)という女性が二人の男から求愛されて悩み、自殺してしまったという物語(第3786・3787番歌)や、耳成の里に住む縵児(かづらこ)という女が複数の男から求婚されて思い悩み、耳成池に身を投げたという物語(第3788~3790番歌)が載せられていますが、本作ではこの二つの物語の趣向をも取り入れて、「畝傍山=桜子(桜児)と耳成山=桂子(縵児)の恋の争い」と、「恋に敗れた桂子の入水」という物語が構築されています。
そして、本作に登場する桂子・桜子には、それぞれ植物の桂・桜のイメージも投影されています。青々とした葉をたたえる桂は、年増の女である桂子のイメージ。また、華やかで美しくも散りやすい桜は、若い桜子のイメージ。春の盛りに栄える桜子と、地味なわが身を恨む桂子という対比が、本作を貫いているのであり、それだけに、娘ざかりを過ぎた桂子による後妻打ち(うわなりうち:夫を後妻に奪われた本妻が、後妻に復讐すること)というテーマが、強く印象づけられているのであります。
女の情念を、リアルに、それでいて古典的情緒豊かに描き出した作品となっています。


        銕仙会 能楽辞典 曲目解説より抜粋







 

2016/08/05

大妖怪展 ~江戸東京博物館


この日は朝宝生家の装束虫干しのお手伝いをし、昼は水道橋にて申し合わせ。

夕方知人との打ち合わせまで2時間ほど時間が空いたので、「大妖怪展」を見に江戸東京博物館へ。

以前はよく能公演で伺ったのですが、展示鑑賞のみで行くのは初めてでした。




普段能関係の書類等で、能に出てくる妖怪?の写真を見ておりますが、実物を見るのは初。

ワキ方として「土蜘蛛」や「酒呑童子」を退治しておりますので、大変興味深く、勉強になりました。


ゲゲゲの鬼太郎などのいかにも妖怪?だけではなく、「百鬼夜行絵巻」「天狗図」「安部泰成調伏妖怪図」「大江山図屏風」など、日本人が古くから抱いてきた、異界への恐れや不安、また身近なものを慈しむ心が造形された様々な妖怪が見事に展示されています。

 




ワキは能「大江山」では源頼光、「土蜘蛛」では一人武者。



土蜘蛛の精は、我々能楽師の間では、縄文人だと言われております。

渡来人より稲作文化を伝えられた大和朝廷が、勢力を広めるため武士を用心棒?として地方の反抗勢力と戦った折、狩猟民族であり米(炭水化物)を食べない縄文人は、手足が長く蜘蛛のように見えたのかもしれません。

事実炭水化物は消化に時間がかかり、胃腸が長くなったため、腹部が大きくなり、胴が長くなったと聞きます。


侵略者に従わざるをえなかった地方の人(縄文人?)はかわいそうですね。

土蜘蛛なんて言われて。


能楽愛好者も是非!

 


2016/07/25

2016/7/23 しまなみ海道薪能 「屋島」



第18回 しまなみ海道薪能 能「屋島」

初めてお邪魔することができました。

これまで宝生閑先生がずっと出られていたのですが、昨年は欣哉先生、今年は私がワキを勤めました。

大山祇神社にも一度は参拝したかったので、念願が叶いました。



樹齢2600年と伝えられている大楠を鏡板に見立てた特設能舞台。

舞台上で蚊に刺されました(笑)。ワキ方は餌食ですね。

気温は例年よりは低かったようで、気持ちよく勤めることができました。

感謝申し上げます。




翌日の愛媛新聞に記事が載っておりましたので、ご紹介させていただきます。


おみやげも頂戴しました。有難うございます。







 

2016/07/21

武蔵野大学で講座



昨日は武蔵野大学雪頂講堂にて、武蔵野大学能楽資料センター主催の公開講座へ。

タイトルは、延暦寺 ~戦う僧侶・悪鬼退散

本学文学部教授・能楽資料センター長の三浦裕子師の講義と、私との対談という形式で行われました。

羽田先生はじめ、諸先生方、大学関係者の皆様に大変お世話になりました。
心より御礼申し上げます。



比叡山ということで、葵上(横川の小聖)、雷電(法性坊)、是界(善界)、大会、恵心僧都等の延暦寺ゆかりの僧侶・山伏?のお話をさせていただきました。

宗教関係など特に不勉強で、しかも話し下手の私が相手で、三浦師にご迷惑をおかけしたことと思いますが、概ね好評のようでしたので、胸をなでおろしております。


僧侶役の多いワキ方として、もっと深く掘り下げてお話しするべきだったと反省しております。



会場には300名を超えるお客様がお見えになり、この講座が回を重ねて、能楽愛好者に浸透していることに感心致しました。



実は私と三浦裕子師とは、学科こそ違え東京藝術大学の同期生で、楽理科の師は副科で能楽囃子を勉強されていて、学内の能ホールにて笛などのお稽古を共にさせていただいた間柄でした。そう言えば1年の時には、いっしょに体育の授業に出ましたよね(笑)。


講座の次回以降の予定を記しておきます。



7月25日(月)  泉涌寺 ~またまた勃発!仏舎利盗難事件

            シテ方宝生流能楽師・和久荘太郎
            生駒哲郎

9月27日(火)  西本願寺 ~いまに生きる歴史的能舞台

            シテ方観世流能楽師・片山九郎右衛門
            金子 健

10月31日(月)  清水寺 ~祈る心・籠る人々

            狂言方和泉流能楽師・野村 萬
            池田英悟

     ※生駒、金子、池田各師は、同大学研究員

    会場はいずれも武蔵野キャンパス 6号館 雪頂講堂
    開場は13時40分、時間は14時40分~16時10分
    聴講無料、予約不要です。 


最後に恥ずかしながら当日の写真を。










2016/07/19

平成28年度 観能の夕べ



好評をいただいております金沢での「観能の夕べ」、今年も開催されております。

投稿が遅くなりまして申し訳ございません。


私は、8月13日の特別公演「小鍛冶(シテ宝生和英)」と、8月27日の「三山」に出演いたします。


入場料は各公演1000円、特別公演のみ3000円です。

満席の場合はご入場できませんので、早めのご来場をお願いいたします。




特に13日の能「小鍛冶」は、刀剣女子の皆様へも宣伝させていただきます。



どうぞ宜しくお願い申し上げます。

 

2016/07/17

錦木塚

6月6日から8日まで皐風会(小島英明師主催)の文化庁巡回公演で、函館、弘前、鹿角、八戸を回ってきました。



7日は秋田県鹿角市のコモッセでの公演の後、バスで錦木塚を皆で訪ねました。

能「錦木」の史跡です。

 
「ニシキギ」といえば、普通はニシキギ科の植物の名前を意味しますが、本作で登場する「錦木」はその意味ではなく、美しく彩り飾られた木の枝をさします。
この「錦木」と、同じく本作に登場する「狭布(きょう)の細布(ほそぬの)」は、歌語(かご)、つまり和歌の世界で用いられ、イメージづくられてきた言葉となっています。なかでも


錦木は立てながらこそ朽ちにけれ狭布のほそぬの胸あはじとや
錦木は千束(ちづか)になりぬ今こそは人に知られぬ閨(ねや)のうち見め

の二首は本作中に引用され、この作品の核となっています。
これらの歌に関して、本作成立より300年ほど前に書かれた歌論書『俊頼髄脳』には、次のような挿話が載せられています。

──陸奥国の風習では、男が女に求婚をするとき、手紙を送るのではなく、薪(たきぎ)を切り、毎日1束づつ女の家の門の前に立ててゆく。女は承諾するとその木を家の中に取り入れ、それを以後は男は女と対面して口説くことができるようになる。女にその気がないと、木はそのまま放置されるので、男が毎日運び続けた木は積もってゆくのである。三年が経ち、1000束が積もってもなお承諾されないときは、男は諦めることになっている。この木は、五色に彩色されて飾り立てられるので「錦木」と呼ばれている。また、「狭布の細布」というのは、これも陸奥国の物で、鳥の毛を織ったものである。希少な材料で織ったものなので、幅も狭く、長さも短いものなので、肌着として下に着るのである。そういうわけで、背中ばかりを隠し、胸までは隠れないので、歌に「胸合わず」と詠むのである…。
 

本作は、この挿話をもとにして構成され、都から遠く離れた陸奥国を舞台に、男女の純朴な恋を描いた作品となっています。

 


 


ここからは隣接する「錦木地域活動センター」内の展示室からの写真です。

興味深い写真が多くありますのでご覧ください。















【錦木塚物語】 
 昔、今の錦木(にしきぎ:鹿角市十和田錦木)の地域を都から来た狭名大夫(さなのき
み)という人が治めていた。その人から8代目になる狭名の大海(おおみ)という人には、
政子姫(まさこひめ)というとても美しい娘がいた。政子姫は細布を織るのがとても上手
な人であった。
 一方そのころ、近くの草木(くさぎ)というところに、錦木(にしきぎ)を売ることを
仕事にしていた若者が住んでいた。錦木というものは、「仲人木(なこうどき)」とも言
って縁組に使うものであり、当時は、男性が好きな女性の家の前に錦木を置き、その錦木
を女性が拾って家の中に入れた場合は、結婚してもよいという意味の決まりがあった。
 ある日、若者は市日のときに政子姫を初めて見て、その美しさにひかれ恋いこがれてし
まった。若者は、翌日から毎日毎日、雨の降る日も風の吹く日も雪の吹雪く日も一日も休
まず、政子姫の家の門の前に錦木を持ってきては立てた。
 しかしながら、錦木は一度も拾われて家の中に入れられることはなく、家の前に立てら
れたまま増えるばかりであった。そのたびに若者は草木へ戻る帰り道のそばの小川で、涙
を流して泣いた。その川は、のちに涙川と言われるようになった。
 一方、政子姫は、家の門の前に毎日錦木を立てられているうちに、機織りする手を止め、
こっそり若者の姿を見るようになっていた。そして、いつの間にか、政子姫も若者を好き
になっていた。たが、いくら若者が錦木を立てても、身分が違うことや、もう一つ重大な
訳があって結婚の約束はできなかった。その訳というのは、次のようなことである。
 当時、五の宮岳(ごのみやだけ)の頂上に巣を作っている大ワシが里に飛んできては子
供をさらっていた。あるとき、若い夫婦の小さい子供が大ワシにさらわれて村人がとても
悲しんでいたとき、ある一人の旅の坊さん、「鳥の羽根を混ぜた織物を織って子供に着せ
てやれば、大ワシは子供をさらっていかなくなる。」と教えてくれた。布に鳥の羽根を混
ぜて織ることは非常に難しく、よほど機織りがうまくなければできないものであった。そ
のため、機織りの上手な政子姫は皆からお願いされていた。政子姫は、子供をさらわれた
親の悲しみを自分のことのように思い、3年3月を観音様に願かけしながら布を織ってい
たのだった。その願かけのために、政子姫は若者と結婚する約束ができなかったのである。
 若者は、そういう理由も知らず、毎日せっせと3年もの間、錦木を姫の家の前に立てて
いた。
あと一束で千束になるという日に、体がすっかり弱くなった若者は、門の前の降り積もっ
た雪の中に倒れて死んでしまった。
 政子姫は非常に悲しみ、それから2、3日後に、若者の後を追うように死んでしまった。
 姫の父親の大海は、2人をとっても不憫に思い、千束の錦木と一緒に、一つの墓に夫婦
として埋葬した。その墓が後に錦木塚と呼ばれるようになったものである。











こんな写真もありました。

能の大先輩方がこの塚を訪ねられた時のものです。