2014/12/28

羽衣天女の気分♫


先日、大分へ向かうJAL機内から撮影。

写真上部は伊豆半島。愛鷹山の麓も見えます。

タイムトンネルを使って,能「羽衣」の漁師白龍に見せてあげたいですね。

「天女からは下界がこう見えてたんですよ」って。


天女の気分♫

2015/1/4 金沢能楽会 定例能 「翁・嵐山」「餅酒」「小鍛冶」

新年4日(日)に 石川県立能楽堂に於いて 午後1時より 金沢能楽会一月定例能 が行われます。



「翁」 シテは島村明宏師の披き、三番叟は野村万蔵師。島村師は「嵐山」のシテも勤めます。

他、狂言「餅酒」、福岡聡子師の「小鍛冶」。

私は「嵐山」のワキ。

「翁付嵐山」ですので、ワキの出は、「礼脇」という特殊演出になります。

この「礼脇」は、出囃子が常の五段次第ではなく、音取置鼓になり、「翁」の格調を受け継いだ、神聖な演出になります。

金沢では何年かに一度しか上演されませんので、未見の方は是非御覧下さいませ。

また「小鍛冶」では、愚息進也がワキツレ・橘道成役でお邪魔させていただきます。




正月金沢では、2日の「御松囃子」が話題ですが、石川県立能楽堂での初会で、お客様と共に新年を寿ぎたいと思います。




当日券は 3000円。 大変お得です。


いよいよ来年(平成27年3月14日)は、北陸新幹線が金沢まで延伸します。

関東を含め、県外から多くの観光客が石川へお越しになるでしょう。

金沢能楽会の能を初めて御覧になる方も増えるかもしれません。

中央の舞台と比較されても遜色さく、お客様に能を楽しんでいただくために、我々楽師もよりいっそう精進していかなければいけません。



皆様の御来場をお待ち申し上げます。

2014/12/25

2014/12/20 大分 能楽の祭典 「道成寺」

投稿の順番が前後してしまって申し訳ありません。

12月20日(土)は 大分平和市民公園能楽堂 開館25周年記念 特別企画

「能楽の祭典」 に「道成寺」のワキで出演させていただきました。



赤頭の小書きが付いた「道成寺」のおシテは馬野正基師。

能「清経」の開演前に、紀州道成寺の御住職 小野俊成様の「道成寺縁起絵巻」の講話がございました。

TVなどでも有名な講話を、当日のお客様は生で御覧いただけたわけですが、私にとりましては、本物の御住職の前で、ワキ道成寺住職役を演ずる訳で、少々プレッシャーのかかる日でした。

幸い無事に演ずる事ができ、ほっとしております。

おシテの馬野師も熱演で鐘入りも見事でした。

開館25周年、誠におめでとうございました。

今後とも何卒宜しくお願い申し上げます。

 


最後に御住職と一緒に撮らせていただきました写真を掲載させていただきます。



 

2014/12/23

2014/12/23 横浜能楽堂企画公演 「蝉丸」

今日は 横浜能楽堂舞台140年祭 横浜能楽堂企画公演「蝉丸」 に出演させていただきました。

明治八年 能楽の曙光



上のPOPの公演紹介文を掲載しておきます。



『明治8年。それは、明治維新の混乱により衰退していた能楽界が再起の兆しを見せ始めた時期でもある。

この年の大きな出来事として、現在の横浜能楽堂の舞台が前田斉泰邸内に造られたこと、そして一度は隠居し能楽界を離れていた宝生九郎が、梅若実の強い勧めにより舞台に復帰し、梅若舞台で実をツレに迎え「蝉丸」を舞ったことが挙げられる。

梅若実、宝生九郎、前田斉泰、この3人の奔走により、翌年の岩倉邸での行幸啓能が成功し、本格的な能楽の再興へと向かっていく。

横浜能楽堂本舞台140年の記念の年にあたる2014年、梅若実、宝生九郎、前田斉泰、彼らの功績を称え、明治8年に演じられた能「蝉丸」を再現。宝生流宗家・宝生和英が逆髪、梅若家当主・梅若玄祥が蝉丸を演じる。

狂言は、その際併演された「狐塚」を前田家に縁の深い野村万蔵家・三宅家により上演する。』



 
当日パンフレット内の解説文(上文)は横浜能楽堂の大瀧誠之氏の文章だが、明治の能楽の危機と再興や本公演の意義を、実に的確に書かれているので、拡大してどうぞお読みくださいませ。



私の家の祖先、私の四代前の喜太郎も、前田家より禄を頂戴していた記録があります。

この公演にワキ清貫として出演させていただきましたこと、大変光栄に存じ、先祖の供養ができたような気がしております。有難うございました。

何度も勤めている「蝉丸」ですが、改めて勉強になりました。
今日の玄祥先生の謡、一生忘れません。
 








 

 

2014/12/17

2015/1/2 百五十年ぶり復活 御松囃子 ~金沢能楽美術館

150年ぶり復活 「御松囃子」

日時   平成27年1月2日(金)  12:30~14:00

場所   金沢能楽美術館 3F 研修室
          金沢市広坂1-2-25

対象   一般鑑賞者

入場料  無料

主催   公益財団法人 金沢芸術創造財団

      金沢能楽美術館

協賛   公益社団法人 金沢能楽会





金沢藩における年中行事の内、最も重要なものに、正月二日の夜の謡い初めの式があった。

松囃子とも言われたが、元来松囃子とは、松の内に行う囃子という意味で、古く室町時代では、笛・太鼓・鼓ではやし、美しい装束と付けた児たちが、鞨鼓(かっこ)を打ちながら踊るものであった。

江戸時代では、幕府が正月三日夜に行う謡い初めをさすようになり、加賀藩でもそれにならったのであろう。

諸侯在国の正月は、お手役者筆頭の竹田権兵衛が京から下って「四海波」を謡っていた。

しかし次第に国事多端となってきた故か、文久3年(1863年)から年頭の諸儀を簡略にし、謡い初めも廃止された。

金沢に花開いたもう一つの武家文化・能楽として、150年ぶりに「御松囃子」を復活し、金沢能楽美術館で鑑賞されるお客様と能楽師が特別な時間を共有し、新年を寿ぎます。



皆様のご来場をお待ち申し上げます。



2014/12/08

2014/12/1~3 文化庁 子供の育成事業 ~富山県

 12月1日から3日間、文化庁主催 子供の育成事業能楽に、鎌倉能舞台(代表 中森貫太)の一員として参加してきました。

1日が富山市堀川小、2日が同市堀川中、3日が南砺市吉江中。



舞台は我々役者自らが本番前に協力して設営します。

会場の体育館の大きさや観ていただく生徒や父兄の人数によって、設営を変えます。

やはり下の方が、見る側も迫力がありますし、演じる側もやりやすいです。



1日の公演を地元富山県の2社の新聞が取材にしてくださいました。

私からも御礼申し上げます。




11月30日に前入りして、富山に3泊。

いつも富山での公演は、金沢か東京に帰るのですが、3泊はもちろん初。

日に日に寒くなり、3日の朝は「鰤起こしの雷」が鳴り、雨からみぞれに。

4日からは雪。いよいよ冬ですね。

 
 

2014/11/29

関蝉丸神社~逢坂の関

先月17日、三井寺へ参拝した時の京都への帰り、同じ大津市にある関蝉丸神社から逢坂の関まで散策しておりました。

投稿が遅れましたが、興味のある方はご覧くださいませ。




関蝉丸神社

上社(旧称 関大明神蝉丸宮)と下社(旧称 関清水大明神蝉丸宮)からなり、また当神社の分社とされる 蝉丸神社と3社を併せて蝉丸神社と総称する場合もある。

祭神は上社が猿田彦命、下社が豊玉姫命。

社伝によれば、弘仁13年(822年)に小野岑守が旅人を守る神とされる猿田彦命・豊玉姫命を逢坂山の山上(上社)と麓(下社)に祀ったのに始まるとされる。

平安時代中期の琵琶法師・歌人である蝉丸が逢坂山に住み、その没後上社と下社に祀られるようになった。

天禄2年(971年)には綸旨を下賜され、以後歌舞音曲の神として信仰されるようになった。



浜大津駅から京都方面へ一つ目の「上栄町」駅で下り、散策開始。

まずは京津線線路沿いにある 関蝉丸神社 下社へ。






重要文化財

国道に戻り、関蝉丸神社の上社へ向かう途中、謡曲「関寺小町」所縁の関寺址がありました。



トラックがぶんぶん通る国道を尚も上っていくと、関蝉丸神社 上社が。





国道を上りきったところに、逢坂の関址がありました。実際の関がどこにあったのかは、はっきりしないようです。



逢坂の関址から「大谷」駅の方へ下っていくと 蝉丸神社がある。








逢坂の関址から蝉丸神社の方へ下りる途中、「走り井(はしりい)」が描いてある、歌川広重の「東海道五十三次 大津」の絵を見つけました。



絵があるウナギの店「かねよ」の方のお話しでは、「大谷」駅近くの神社のあたりに「走り井」があったらしいのですが、どうも新幹線の工事後に水が出なくなってしまったようです。
工事で水脈が変わってしまったんでしょうね。時代の流れでしょうか、残念です。



我々ワキ方は、謡曲「竹生島」の道行で

「四宮や 河原の流れ 末早き。 名も走井の 水の月 曇らぬ御代に 逢坂の。」

と謡うのですが、朝電車で通った「四宮」駅や、線路わきの川の流れ、走井の謂れが分かりました。

この日は、三井寺から関蝉丸神社を訪れ、逢坂の関辺りを散策できた、大変充実した時間を過ごすことができました。

「大谷」駅から京都へ。


2014/11/21

行願寺 / 六角堂

23日(日)の京都観世会「唐船」の申し合わせの後、そのまま東京にピストン移動するのも忍びないので、西国三十三霊場の行願寺と六角堂へ行ってまいりました。


行願寺










六角堂は以前にもお参りしたことはあるのですが、再訪させていただきました。










横から見ると確かに 六角




行願寺、六角堂の所縁は省略させていただきます。

立札を拡大してお読みくださいませ。申し訳ございません。

古刹巡りは本当に心が安らぎます。

ニセ旅僧の寺社巡りはまだ始まったばかり(笑)