2014/11/29

関蝉丸神社~逢坂の関

先月17日、三井寺へ参拝した時の京都への帰り、同じ大津市にある関蝉丸神社から逢坂の関まで散策しておりました。

投稿が遅れましたが、興味のある方はご覧くださいませ。




関蝉丸神社

上社(旧称 関大明神蝉丸宮)と下社(旧称 関清水大明神蝉丸宮)からなり、また当神社の分社とされる 蝉丸神社と3社を併せて蝉丸神社と総称する場合もある。

祭神は上社が猿田彦命、下社が豊玉姫命。

社伝によれば、弘仁13年(822年)に小野岑守が旅人を守る神とされる猿田彦命・豊玉姫命を逢坂山の山上(上社)と麓(下社)に祀ったのに始まるとされる。

平安時代中期の琵琶法師・歌人である蝉丸が逢坂山に住み、その没後上社と下社に祀られるようになった。

天禄2年(971年)には綸旨を下賜され、以後歌舞音曲の神として信仰されるようになった。



浜大津駅から京都方面へ一つ目の「上栄町」駅で下り、散策開始。

まずは京津線線路沿いにある 関蝉丸神社 下社へ。






重要文化財

国道に戻り、関蝉丸神社の上社へ向かう途中、謡曲「関寺小町」所縁の関寺址がありました。



トラックがぶんぶん通る国道を尚も上っていくと、関蝉丸神社 上社が。





国道を上りきったところに、逢坂の関址がありました。実際の関がどこにあったのかは、はっきりしないようです。



逢坂の関址から「大谷」駅の方へ下っていくと 蝉丸神社がある。








逢坂の関址から蝉丸神社の方へ下りる途中、「走り井(はしりい)」が描いてある、歌川広重の「東海道五十三次 大津」の絵を見つけました。



絵があるウナギの店「かねよ」の方のお話しでは、「大谷」駅近くの神社のあたりに「走り井」があったらしいのですが、どうも新幹線の工事後に水が出なくなってしまったようです。
工事で水脈が変わってしまったんでしょうね。時代の流れでしょうか、残念です。



我々ワキ方は、謡曲「竹生島」の道行で

「四宮や 河原の流れ 末早き。 名も走井の 水の月 曇らぬ御代に 逢坂の。」

と謡うのですが、朝電車で通った「四宮」駅や、線路わきの川の流れ、走井の謂れが分かりました。

この日は、三井寺から関蝉丸神社を訪れ、逢坂の関辺りを散策できた、大変充実した時間を過ごすことができました。

「大谷」駅から京都へ。


0 件のコメント:

コメントを投稿