シテ 老桜の精
ワキ 西行法師
ワキツレ 花見の人
アイ 能力
あらすじ
都の郊外・西山に清閑を楽しむ西行上人(ワキ)の庵りの春。
桜の名所で知られるここで、西行はひとり静かに花と対座しようと
「今年は花見客を一切入れないように」と能力(アイ・下働きの僧)に命じます。
そんな庵主の心も知らず、花見見物に訪れた下京辺りに住む人々(ワキツレ)。
能力は一度は断るが、花見人の熱心な望みに根負けした西行は、自らの禁を破って招き入れます。
花の下に群れ居る人々を前に、西行は当惑。
「花見にと 群れつつ人の 来るのみぞ あたら桜の咎(とが)にはありける」
(花を目当てに多くの人が訪れることだけは、惜しくも桜の罪であるな)
と詠みます。
やがて夜。庭に立つ桜の大樹から、先刻の歌を詠ずる声が響きます。
「憂き世と見るも 山と見るも ただその人の心にあり」
(憂き世と見るのも、山と見るのも、それぞれの人の心の中にあることでしょう)
「非情無心の草木の 花に憂き世の咎はあらじ」
(心を持たぬ草木に罪などない。苦しみの多いこの世を嫌って離れる=出家するあなた自身にこそ、その原因があるのだ)
と述べて出現したのは、白髪の老人に身を変えた桜の精でした。
この反論には、さすがの西行も恥じ入ります。
とはいうものの、老桜の精はこの歌を縁として西行に出会い、仏法に触れ得た喜びを述べ、都で知られた花の名所の数々を語り舞います。
老桜の精は、「過ぎ行く一瞬は再び帰らない。得がたき友との出逢いも、短い一生の間めったにはない」と説き、春の短夜に別れを告げ、曙の光の中に姿を消します。
夢醒めて後。風に散り庭一面に降り敷く、雪のような落花が残るばかりです。
0 件のコメント:
コメントを投稿