9月29日(日) 石川県加賀市菅生石部神社に於きまして
復曲能「敷地物狂」の里帰り公演が催されました。
この公演にワキとして参加させていただきました事、大槻文蔵先生に先ずもって御礼申し上げます。
またこの公演を企画された竹田真砂子先生、国立能楽堂の皆様、地元加賀市の実行委員会の皆様の御苦労は並々ならぬものでありましたでしょう。大変お世話になりました。心より御礼申し上げます。
なぜ里帰りなのかと申しますと、この曲は、菅生の地主とも言うべき人の一人子が、12歳の時、浮世を捨てて比叡山に修行に入り、一方母は物狂いとなり子を探し求めて流浪するという別離と再会の物狂い能です。数年間の修行の後、故郷を訪ねた時、菅生石部神社で偶然に母子が再会を果たします。
曲の設定と同じ神社での演能は特別な想いがあります。
実際の演能中、キリの再会の場面での、母と子がお互い肩に手をかけ寄り添う型を見て、私も涙が出てきそうになりました。
この「敷地物狂」は1432年に伏見御所にて上演され、江戸時代に一度、また明治9年には岩倉具視邸にての天覧能として、加賀藩主前田斉泰、大聖寺藩主前田利鬯の旧大名父子他が上演しました。
平成9年に大阪大槻能楽堂に於いて
シテ大槻文蔵師にて上演され
以来数回公演を重ね、今回の里帰り公演の実現となったわけです。
もちろん私が参加させていただくのは初めてでしたが、曲自体はとても面白く、なぜほとんど上演機会に恵まれず廃曲同然になってしまったのか、まったく分かりません。
子方のセリフが多く、難しいからでしょうか。
来年の7月に国立能楽堂にて再演され、私も出演させていただきますが、より研究して臨みたいと思います。
翌日の北陸中日新聞に記事が載っておりましたので
添付しておきます。
この舞台は神楽殿のような形で橋掛りがないため、今回は橋掛りを特設しました。しかし通常の舞台の形として見ると、鏡板が地謡座の後ろ側になってしまいますし、常のワキ正面側に大勢のお客様がいらっしゃるという事で、正面をどちらにして演じたらよいか皆悩みましたが、そこは舞台慣れした演者たち。ちゃんとお客様にお尻を向ける事なく、演出を変えて演じました。言葉では説明しにくいのですが
当日御覧いただいた方はお解りかと思います。
この神社では30年程前から10年間、加賀市薪能が金沢能楽会の宝生流で催されておりました。
私の父も勿論出演しておりましたが、平成3年7月24日 第8回薪能の「放下僧」に出演1週間後に他界しました。
私としましては、父に再会できたような気が致します。
下の写真の「放下僧」は、父にとっての最後の舞台でした。
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